研究紹介

「応用技術」と「現象解明」

私たちの研究室では,液滴,気泡,粒子を含む流れの現象解明と技術への応用を目的として研究を進めています。そのため,全ての研究テーマを「応用技術」と「現象解明」のどちらの観点においても,分類することができます。 以下の研究紹介では,各研究テーマを応用技術と現象解明に分けて紹介します。

応用技術による分類

  • 液滴衝突による物性計測法
  • スマートネブライザの開発
  • 自動車塗装の効率と品質の向上
  • 噴霧冷却
  • 液滴自己推進によるパッシブ冷却
  • 溶融金属の急冷

現象解明による分類

  • 音響場中における気泡の相互干渉
  • 加熱液滴イモ虫
  • 非定常な液滴分裂
  • 壁面ストークス数による粒子付着の予測

応用技術による分類

Application-oriented perspective

Measurement of Liquid’s physical properties by only dropping a drop

液滴衝突による物性計測法

液滴を1滴落とすだけで、粘度、表面張力、密度の3つの液体主要物性を同時に計測できる全く新しいコンセプトの物性計測法を、私たちは開発しました。 従来手法では、それぞれの物性ごとに計測器が必要でした。また、必要となるサンプル量も数100ccと多く、さらに計測時間も数分程度かかってしまうという問題がありました。

私たちが開発した液滴衝突法では、必要なサンプル量は約0.01cc、計測時間は1秒以下と大幅に改善されています。また、固体との接触部が、液滴生成ノズル部と液滴衝突部のみであるため、従来手法では計測が困難であった凝固性液体(接着剤、塗料、生態糊など)の物性計測へ適用することができます。また,小サンプル量かつ短時間計測という特長は,高価な高機能生液体の開発コストと時間を,大幅に削減することに貢献するでしょう。

液滴衝突法では,従来手法では計測ができなかった物性計測を実現します。溶融金属やガラス,さらには超高せん断ひずみ速度における非ニュートン流体の粘度計測などなど。液滴を1滴落とすだけのシンプルさゆえに,これら極限環境下での計測が可能となるのです。


Development of a smart nebulizer

スマートネブライザの開発

ネブライザをご存知ですか?病院(特に小児科)でよく見かける,薬液を霧状にして口や鼻から吸入するための装置です。吸入された薬液粒子は,どこへ付着するでしょう?喉に付着するものもあれば,肺に到達するものもあります。これら粒子の付着位置と付着割合は,粒子の大きさ,吸入の仕方,気道の形状等によって変わります。

私たちは,コンピューターシミュレーションと実験の両方からのアプローチによって,吸入された微細粒子の付着特性を調べています。コンピューターシミュレーションでは,CT撮影によって得られた3次元の実気道形状をコンピューター上に再構築します。実験研究では,3Dプリンタを用いて,気道モデルを製作します。そのようにして作製された数値あるいは実験モデルに,粒子を各種条件において流入させ,付着位置と割合を定量的に評価しています。

私たちの最終的な夢は,患者さんごとに異なる気道形状や吸引特性,疾病(患部の位置)に応じて,適切な大きさの粒子を呼気に合わせて適切に生成する「スマートネブライザ」を開発することです。


Improvement of the efficiency and the finishing quality of automobile painting

自動車塗装の効率と品質の向上

日本の基幹産業である自動車製造業において,塗装工程は車両製造ラインの75%を占め,CO2排出量も全工程の約20%を占めるエネルギ消費量の大きい工程です。そのため,自動車塗装ではいま,塗着効率と塗装品質の両方の向上が求められています。

自動車塗装では,塗料液体がまず高速回転ベルカップアトマイザによって千切られます。微粒化した塗料液滴は高圧電場によって帯電し,さらに高速気流によって自動車のボディーへと吹き付けられます。塗着効率は,気流の特性,粒子の大きさ・帯電量,自動車ボディーの表面性状等によって大きく異なります。

自動車塗装の品質と効率の向上を目的として,私たちは特に,高速度回転ベルカップアトマイザによる微粒化特性,高速直交気流による微細液糸の変形と分裂,帯電液滴の衝突現象を,高速度カメラ撮影技術を駆使して調べています。


Spray cooling

噴霧冷却

スーパーコンピュータのCPU部に代表されるように,半導体素子の小型化や高速化を図る上で最大の障壁は「熱くなること」です。局所的に,1000 W/cm2もの熱(厳密には熱流束)が発生することが計測されています。

単純に空気を流して冷却した場合,冷却能力は35 W/cm2程度です。水にどぶ漬にして自然対流によって冷却した場合で90 W/cm2程度です。 沸騰を利用すると,140 W/cm2ほどまで冷却能力を上げられます。液体から蒸気への相変化に伴い熱が奪われるからです。皮膚にアルコールを塗ると冷たく感じるのと同じ原理です。

噴霧冷却とは,液体を噴霧状にし高温部に吹き付ける(スプレーする)ことで,熱を取り除く手法です。この手法では,液滴が高温部に接触した際の蒸発(潜熱)による熱輸送を利用でき,またスプレー状に吹き付けることができるので,広範囲かつ均一に熱を奪うことができます。冷却能力も非常に高く,通常の噴霧冷却では200~300 W/cm2,瞬間的には1200 W/cm2もの冷却能力を示す研究成果もあります。
噴霧冷却の高効率化とそのメカニズム解明を目的として,高温壁面に衝突する単一液滴と壁面との界面における蒸気気泡やパッチの運動と相変化との関係性について,私たちは高速度カメラ撮影技術を駆使して調べています。


Passive cooling by self-propelling drops on hot surfaces

液滴自己推進によるパッシブ冷却

前後非対称な加熱表面上に液滴を置くと,液滴から生成される蒸気流れにも前後非対称生が現れるため,液滴は一方向に進みます。加熱表面から熱を奪い,自身の蒸気によっていわば自己推進するわけです。しかも,固体表面形状が前後非対称性を持っており,十分に加熱されているだけで,液滴は勝手に動くのです。

このような液滴自己推進によるパッシブ冷却制御をヒートパイプへ応用することを目的に,私たちは研究を進めています。最近の研究成果により,加熱表面にある特殊な加工を施すことで,液滴への熱輸送を格段に向上できることを,私たちは明らかにしました。

冷却技術にこの液滴自己推進機構を付加することで,不均一な温度分布を持つ固体表面において,高温部を選択的にしかもパッシブ制御によって冷却する技術が実現できるかもしれません。


Cooling characteristics of an impacting molten metal drop

溶融金属の急冷

溶融金属の急速冷却技術のひとつであるロール式急冷技術では,溶融金属を回転ロール上で引き伸ばすことで,溶融金属からロールへ熱を移動させ,急冷薄帯を作製する。瞬間的に10万℃/sもの冷却速度が得られていると推定されている環境のもとで作製される薄帯は,高い軟磁気特性をもつことから,省エネルギー材料として注目されています.

溶融金属がロールへ接触する際に,気泡が混入してしまうと,冷却速度が低下し,薄帯の品質が落ちてしまいます。しかし,溶融金属冷却時の気泡混入メカニズムは金属試料の流動に加えて,金属試料とロール間の熱移動さらに金属試料の凝固を伴う複雑な現象であり,明らかにされていません。 

そこで私たちはまずは,透明基板への溶融金属液滴衝突実験をとおして,衝突界面の温度分布の時間変化および凝固特性を調べています。 

現象解明による分類

Physics-oriented perspective

Mutual interaction between two bubbles in acoustic fields

音響場中における気泡の相互干渉

超音波洗浄器に置かれた眼鏡の周りでは、無数の小さな気泡が文字通り「目にも止まらぬ速さ」で動き、汚れを落としてくれます。超音波診断や治療でも、超音波によって動かされた小さな気泡が活躍しています。気泡に音波を照射すると、音波による圧力変動によって気泡が膨らんだり縮んだりします。そのことにより、気泡周りにいわゆる「わき出し・吸い込み流れ」が作られます。この流れ場は、気泡からの距離の2乗に反比例して減衰するので、気泡同士が離れている場合には、個々の気泡がその場に留まり振動するだけです。ところが、気泡同士がある程度近い距離に置かれると、膨張・収縮する気泡はお互いの運動に干渉し合います。2重振り子のような連成振動が誘起されるのです。

振動気泡の連成運動は、様々の興味深い動きや形を、私たちに見せてくれます。近づいたり離れたり、惑星のように公転したり、星型に変形したり。そして、これらの運動は単純な2階の常微分方程式で表すことができるのです。

気泡は、無秩序に動いているのではないのです。あるリズムのもとで、パートナーをとりかえひきかえ、縦横無尽に踊っているのです。


Drop caterpillar rushing on a hot ratchet

加熱液滴イモ虫

表面をラチェット(鋸歯)状に切削した加熱固体上を、液滴は自身の蒸気が生み出す力によって1方向に進みます。ここで、ラチェット表面に『ある特殊加工』を施すと… 液滴は通常の10倍もの加速度をもって猛進します。進行方向に激しく引き伸ばされ、ラチェットの尾根から尾根へと駆け抜ける姿は、威勢のよいイモ虫のようです。条件を整えると、このイモ虫の加速度は重力加速度をも超えます。そうです。この技術が完成すると、液滴を鉛直方向上向きにも移動させることができるようになるのです。

熱によって液滴を3次元的に動かすことが、私たちの夢です。


Unsteady atomization

非定常な液滴分裂

十分に加熱された固体表面へ液滴が衝突すると,液滴と固体との間に蒸気のクッションが形成されます。液滴はこのクッションの上を極めて摩擦が小さい状態で広がります。その結果,広がる液滴周縁部への液の供給が加速され,周縁部にはリムと呼ばれる膨らみが形成されます。リムは,液滴の広がり・収縮過程において,より小さな子液滴へと分裂します。ここで,加速度が大きい広がりの初期では小液滴は小さく,一方で広がりの末期から収縮期にかけて分裂する液滴は大きくなります。このように,時間とともに現象を支配する加速度が変化し,それに伴い分裂液滴径が変化するような「非定常な微粒化」現象を,私たちは蒸気クッションの上を広がるライデンフロスト液滴を対象として研究しています。


Estimation of particle deposition by Stokes number defined on wall

粒子付着の予測

壁面付近において,気流は減速します。この気流が減速する時間内に,気流に乗って飛行する粒子も十分に減速する場合,粒子は相変わらず気流に乗って流れます。しかし,粒子の慣性力が大きく十分に減速しない場合,粒子は壁面へと衝突します。 このように,気流に乗った粒子が壁面へ衝突(付着)するかどうかということは,気流と粒子の特性時間の比で表されます。この比のことをストークス数と呼びます。

これまでの粒子付着に関する研究では,主に流れ場の代表長さ(例えば気道の直径)と代表速さ(例えば吸入速度)で定義されるストークス数が用いられてきました。しかし,粒子付着が問題となる流路形状は複雑であり, あるひとつの代表長さや速度で付着を整理することは困難であることが多いです。そのため,最近の研究では,粒子の飛行シミュレーションを行い,そこから得られた粒子運動の速度勾配から代表時間を決定することで,より複雑な流路内での粒子付着もストークス数によって予測できることが示されました。 しかし,この方法では,粒子付着を予測するために,粒子飛行計算をしなければなりません。いわゆるアポステリオリ的にしか求められないのです。これでは「予測」とは言えません。

そこで私たちは,壁面近傍の気流の速度勾配から求められる特性時間を用いた「壁面ストークス数」を導入し,これによる粒子付着の予測を試みています。壁面ストークス数で粒子付着を整理できるとなると,気流計算結果のみから,アプリオリに粒子付着位置と付着割合を予測できるようになるのです。